健康

要約【リディア-ドのランニング・バイブル】アーサー リディアード著書

  1. ホーム >
  2. 健康 >

要約【リディア-ドのランニング・バイブル】アーサー リディアード著書

アーサー・リディアードによる「リディアードのランニング・バイブル」は、持久系スポーツのトレーニング理論に革命をもたらした不朽の名著です。ニュージーランド出身のリディアードが確立したトレーニング方法論は、現代の長距離・マラソン指導の基礎となっており、世界中の一流コーチやアスリートに影響を与え続けています。本書は単なるトレーニングマニュアルではなく、持久力スポーツにおける科学的アプローチと実践知の結晶です。

リディアードの驚くべき経歴と実績

アーサー・リディアードの物語は、まるでおとぎ話のような「サクセスストーリー」から始まります。彼は元々専門的な指導経験も運動生理学の知識もない一人の靴屋でした。中年になってから単純な疑問-「人間はどれくらい走れるのだろう、中年でも記録は良くなるのだろうか?」-を抱き走り始めたのです。

当時の常識では「週に50km以上も走ると心臓によくない」とされていた時代に、リディアードは朝夕を問わず走り続け、その走行距離は週に200km近くにまで達しました。そして驚くべきことに、40歳近い年齢でもトラックでの中距離タイムを自己更新し続けたのです。

やがて彼の姿に感銘を受けた地元の若者たちが集まり始め、わずか10数名ほどの小さなチームが形成されました。このオークランド郊外という限られた地域(自宅から半径20km圏内)から集まったメンバーから、5人がオリンピック代表となり、2人が金メダル、1人が銅メダルを獲得する快挙を成し遂げました。その後も彼らは世界記録を更新し、次のオリンピックでも金メダル2個、銅メダル1個を手にしたのです2

世界恐慌の影響で高校を中退せざるを得なかったリディアードが確立したトレーニング方法は、「近代の持久スポーツ・トレーニングの基礎」として世界中で認められるようになりました。日本でも故・中村清監督(エスビー陸上部)、小出義雄監督(佐倉アスレチック倶楽部)、原晋監督(青山学院大学)といった名だたる指導者たちが彼の方法論を高く評価しています2

リディアードトレーニングの基本哲学

リディアードのトレーニング哲学は、単に「たくさん走る」というだけのものではありません。彼の方法は持久力とスピードをバランスよく向上させることを目指した、科学的かつ体系的なアプローチです4

持久力が全てのベース

リディアードは「有酸素能力を高めることの重要性」を何よりも強調しました。彼の考えでは、長距離はもちろんのこと中距離種目においても、高い有酸素能力が競技パフォーマンスの基盤となります4。これは現代の運動生理学でも裏付けられている事実であり、最大酸素摂取量(VO2max)の向上が持久系競技のパフォーマンスに直結することが知られています。

周期的トレーニングの確立

リディアードは「年間を通じて異なるフェーズに分かれた」周期的トレーニングプログラムを構築しました。これは現代のピリオダイゼーション(周期化)理論の先駆けとも言えるもので、主に次のフェーズから構成されています4

  1. マラソンコンディショニングトレーニング(基礎体力を築く期間)
  2. 無酸素トレーニング(スピードを高める期間)
  3. ピークパフォーマンスを目指すフェーズ

特に「有酸素トレーニング」のフェーズを重視し、これが全てのトレーニングの土台となるという考え方は、リディアード理論の核心部分です。

生理学的基盤と科学的背景

リディアードのトレーニング理論は、経験則だけでなく運動生理学の原理に基づいています。彼は当時の科学的知見を取り入れながらも、実際のトレーニング現場での観察から独自の理論を構築しました。

最大酸素摂取量の重要性

有酸素能力の指標として「最大酸素摂取量」があります。これは1分間に体が利用できる酸素の最大量を示すものです。走るスピードが速くなると、体が必要とする酸素の量も増加します。

最大酸素摂取量を超えると、体は「無酸素ランニング」の状態に入り、体内で様々な化学的変化が生じます。その結果として「酸素負債」が発生し、動きが鈍くなっていくのです。

例えば、最大酸素摂取量が毎分3リットルで最大酸素負債量が15リットルのランナーが、毎分4リットルの酸素を必要とするペースで走ると、毎分1リットルずつ酸素負債をしていくことになります。この場合、そのペースを15分間続けられることになります。同じランナーが毎分5リットルの酸素を必要とするペースで走ると、毎分2リットルずつ酸素負債をしていくため、7分30秒しか続けられなくなります。

しかし、適切なトレーニングで最大酸素摂取量を毎分4リットルに引き上げれば、毎分5リットルの酸素を必要とするペースでも15分間走り続けられるようになります。この原理を理解することが、リディアードのトレーニング理論を把握する鍵となります。

乳酸と疲労の関係についての見解

リディアードの著書が書かれた当時は、乳酸が疲労物質と考えられていましたが、最新の研究では「乳酸はエネルギー源として利用される」ことが分かっています4。現在の有力な説では、酸素負債によって生成される「リン酸」がカルシウムイオンと結びつき、筋肉の収縮を阻害することが疲労の主な原因とされています。

これは科学的知見の進化を示すものですが、「有酸素トレーニングが基礎となるべきである」というリディアードの基本的な考え方は、現代の運動生理学においても十分に支持されています。

リディアードメソッドの実践

リディアードのトレーニング方法は、理論だけでなく具体的な実践方法も含んでいます。その核心は「段階的に能力を高めていく」という考え方にあります。

有酸素基盤の構築

リディアードは「本当のトレーニングはこの次の段階から始まる」と述べています。まず最初のステップとして、有酸素能力を高めることが重要だと強調しています。

トレーニングでは、最高スピードを100とすれば、その70〜100%のペースで走ることを推奨しています。また、1回に続ける時間は長いほど効果的だとしています。このように、適度な強度で十分な時間をかけて走ることで、有酸素能力の基盤を築くのがリディアード方式の第一歩となります。

ジョギングの重要性

リディアードは「ジョギングの生みの親」としても知られています2。彼の考えでは、一般的なジョギングや距離走は、決して「ただゆっくり走る」だけのものではありません。「ある程度速く」走ることが重要だと説いています。

特に日本の箱根駅伝の強豪校などでは、このリディアードのトレーニング方法を基盤としているケースが多いとされています4。これは、一流選手ほど「jogが大切」だと理解している理由でもあります。高強度のインターバルトレーニングばかりが注目される現代において、リディアード式のジョギングの重要性が再評価されています。

リディアード式トレーニングの実践例

リディアードのトレーニングメソッドは、段階的かつ系統的に進めていくことが特徴です。彼のトレーニング周期は、主に以下の段階で構成されています:

1. マラソンコンディショニング期

この期間では、週に100〜200kmという高い走行距離をこなし、有酸素能力の基盤を確立します。この段階では、強度よりも量を重視し、身体に持久力の土台を築きます。リディアードは「走れば走るほど力がみなぎってくる」という感覚を大切にしていました。

2. 丘のトレーニング期

基礎的な持久力が確立された後は、丘や坂道を使ったトレーニングを導入します。これにより、脚力と筋持久力を高めると同時に、心肺機能をさらに向上させます。このフェーズは、次の無酸素トレーニングへの橋渡しの役割も果たします。

3. 無酸素トレーニング期

基礎体力とヒルトレーニングによる筋力が確立された後、より高強度のインターバルトレーニングやスピードワークを導入します。このフェーズでのトレーニングは最大酸素摂取量を超える強度で行われ、レースペースでの持久力を高めることが目的です4

4. 調整期とレース期

最終段階では、トレーニング量を減らしながら質を維持し、本番のレースに向けてピークパフォーマンスを調整します。適切な休息と回復も重視され、これまでのトレーニングの成果を最大限に発揮するための準備を整えます。

リディアード理論の現代的意義

リディアードが半世紀以上前に確立したトレーニング理論は、現代においても色あせることなく、多くのコーチやランナーに影響を与え続けています。特に日本の長距離界では、小出義雄監督や原晋監督といった名指導者がリディアードの理論を高く評価し、その原理を採り入れています2

科学的知見は進化し、例えば乳酸の役割についての理解が変わるなど、一部の生理学的解釈は修正されてきました4。しかし、「有酸素能力を基盤とした段階的トレーニング」というリディアードの基本的な考え方は、現代の運動生理学においても十分に支持されています。

結論:不朽の方法論

靴屋から始まり、世界的なコーチへと成長したアーサー・リディアードの物語は、まさに伝説と言えるものです。専門的な教育や訓練なしに、独自の観察と実験から確立したトレーニング理論は、今なお持久系スポーツの基礎をなしています。

「リディアードのランニング・バイブル」は、単なるトレーニングマニュアルではなく、持久力スポーツの本質に迫る哲学書でもあります。そこには「走ることへの深い洞察」と「人間の可能性への信頼」が根底に流れています。中年になってからの彼自身の挑戦と、そこから生まれた革新的なトレーニング方法論は、アスリートだけでなく、全てのランナーにとって貴重な指針となります。

リディアードが半世紀前にニュージーランドの片隅で始めたトレーニング革命は、今もなお世界中のトラックやロード、そして山道で息づいています。彼が残した「走りの知恵」は、タイムを競うエリートアスリートから健康のために走る市民ランナーまで、あらゆるレベルのランナーに価値ある示唆を与え続けるでしょう。

-健康